1877年(明治10年)に宮城県黒川郡富谷村(現・富谷市富谷新町)に生まれ1947年没。生家は1864年に味噌醤油業を開業した内ヶ崎醤油店で、5代目として後を継ぎ2008年に181年の歴史に幕を閉じた。尚絅女学会でバイブルクラスに参加、1908年31歳でイギリスのマンチェスター学院に3年間留学、早稲田大学教授、1924年に衆議院総選挙へ立候補、60歳で文部政務次官、1941年から1945年まで衆議院副議長。宗教家・学者・政治家の3つの顔を持ち、労働問題、女子の地位向上、教育問題に取り組み、16冊の著作と数千の論文を執筆。
一次資料
内ヶ崎作三郎ってどんな人物?~内ヶ崎作三郎の基本~
- 発行主体
- 富谷市
- 取得日時
- 2026-08-21
- 確認状態
- 一次資料を確認済み