富谷のしんまち通りに、宮城県で最も古い酒蔵があります。合資会社内ヶ崎酒造店、銘柄は「鳳陽」。創業は寛文元年(1661年)です。
面白いのは、この蔵が「富谷にできた酒蔵」ではなく、「富谷をつくった家の酒蔵」だという点です。
1618年、政宗が宿場を命じた
蔵元の会社概要には、こう書かれています。元和4年(1618年)、初代の内ヶ崎筑後(後に織部と改名)が伊達政宗により召し出され、富谷に宿場を設けることを命じられた。
つまり富谷宿は、政宗の指示で内ヶ崎家が開いた宿場町でした。奥州街道の整備にあわせて宿を置き、その運営を任された家が、この蔵の初代にあたります。
ここで一つ、日付を並べてみます。別記事で扱った富谷茶では、仙台藩の茶栽培の最も古い記録が元和3年(1617年)の政宗の書状でした。政宗が「奥州の宇治」と自慢した年です。その翌年に、富谷宿の開設が命じられています。
茶と宿場が1年違いで史料に現れる。開府から間もない時期に、政宗が街道と産業を同時に敷いていたことがうかがえます。もっとも、これは年号を並べただけで、人口÷世帯数で算出
1661年、二代目が酒を造り始める
宿場が開かれてから43年後の寛文元年(1661年)、二代目の作右衛門が酒造業を創業しました。蔵元は自らを「宮城県最古の造り蔵」としており、富谷市も特産品のページで「宮城県内最古の歴史を誇る酒造」と紹介しています。
2026年で365年です。江戸時代前期、4代将軍徳川家綱の時代から続いていることになります。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 元和3年(1617年) | 仙台藩の茶栽培の最も古い記録。政宗の書状に「奥州の宇治」 |
| 元和4年(1618年) | 初代・内ヶ崎筑後が政宗に召し出され、富谷に宿場を設けることを命じられる |
| 寛文元年(1661年) | 二代目・作右衛門が酒造業を創業 |
| 2026年 | 創業から365年 |
「鳳陽」という名前の意味
銘柄の由来も蔵元が説明しています。「鳳陽」は、唐の李善感の時代の故事「鳳鳴朝陽」に由来します。
蔵元によると、この故事には3つの意味があります。
- 天下泰平の瑞祥
- 秀でた性行、才能の形容
- 珍しく且つ優れた行為の形容
そして酒銘「鳳陽」は、この故事にあやかり「家運の隆盛」を願って名づけられたとされる、と書かれています。鳳凰は中国で古くから麟・亀・竜と並ぶ四瑞として尊ばれ、聖徳の天子の兆として現れると伝えられてきました。
宿場を開くよう命じられた家が、酒を造ることを許され、その酒に「家運の隆盛」を願う名を付けた。名前の付け方に、家の歴史がそのまま入っています。
造り方と、いまの評価
蔵元は南部杜氏の手造りの技によって、厳冬の中で自然の寒さを利用した寒仕込みを続けているとしています。少量生産と昔ながらの造りにこだわる、とも書いています。富谷市は「スッキリとした中にも味がある」と評される酒だと紹介しています。
古いだけの蔵ではありません。公式サイトには近年の受賞が並んでいます。
| 受賞 |
|---|
| 令和8年 全国新酒鑑評会 金賞 |
| Kura Master 2026 プラチナ賞 |
| ワイングラスでおいしい日本酒アワード2026 最高金賞 |
大吟醸、純米酒、本醸造酒に加え、「鳳陽ひや」「鳳陽だるま」といった季節限定の商品もあります。
場所
所在地は宮城県富谷市富谷新町27。電話は022-358-2026で、営業時間は午前8時30分から午後5時です。しんまち通りにあり、富谷宿の町並みの中に立っています。
富谷茶の茶畑があった氣仙屋も、同じしんまちです。宿場町の通りを歩くと、政宗が街道を敷いた頃に始まったものが、茶と酒の2つ残っていることになります。片方は一度ゼロになって戻ってきたところで、もう片方は365年止まっていません。