富谷が町になった年の人口は5091人 10倍になった50年

記者:富谷トム・・最終更新 2026年10月3日・読了目安 3分
富谷町時代の住宅街の交差点。横断歩道と信号機、奥に住宅が並ぶ
富谷町時代の住宅街の交差点(市制施行前の撮影)。人口が5091人から10倍になった50年の、終わりごろの姿です。/写真:cora_cola 茶々丸 / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
この記事の目次

富谷市はいま5万人を超える街です。しかし町になったとき、人口は5,091人でした。

名前の由来は「十宮」

市の説明によれば、古く町内の熊谷という地に10の神社があったことから「十宮(とみや)」と呼ばれていた時代がありました。

江戸時代には奥州街道の宿場町として、仙台藩領の南北をつなぐ役割を担って栄えます。いまの富谷宿の町並みは、この時代の名残です。

人口は、こう動いた

富谷の人口

0万2万4万5.6万1963201220202025
確認できた4時点
出所で確認できた4つの時点のみを結んでいます。途中の推移は含みません。1963年と2012年のあいだは実際には団地開発による急増があり、直線的に増えたわけではありません。
時点 人口 できごと
1963年 5,091人 町制施行
2012年 50,000人 5万人到達
2020年 51,651人 国勢調査
2025年 51,709人 国勢調査(確報)

年表

  1. 奥州街道の宿場町として栄える

    仙台藩領の南北をつなぐ位置にあり、宿場として機能していました。

  2. 富谷村が誕生

    富谷村ほか11か村を合併して、新しい富谷村ができました。

  3. 町制施行「富谷町」 人口5,091人

    いまの人口の約10分の1です。ここが出発点になります。

  4. 団地開発が進む

    東向陽台、鷹乃杜といった団地の開発が始まります。仙台のベッドタウンとしての富谷は、ここから形づくられました。

  5. 人口5万人に到達

    町制施行から約50年で、人口はおよそ10倍になりました。

  6. 市制施行「富谷市」

    町から市になりました。

  7. 国勢調査で51,709人

    5年前から58人の増加。増えているのは人よりも世帯です。

「増える街」だった50年と、その後の13年

数字を並べると、富谷の歴史はきれいに2つに分かれます。

  • 1963年から2012年までの約50年 5,091人から50,000人へ。団地が次々にでき、人口はおよそ10倍になりました。
  • 2012年から2025年までの13年 50,000人から51,709人へ。増加はおよそ1,700人にとどまります。

「富谷は人口が増える街」というイメージは、前半の50年でつくられたものです。いま起きているのは、その勢いが止まったあとの局面です。くわしくは富谷の人口、5年で増えたのは58人をご覧ください。

この年表に足していきたいこと

ここに載せたのは、市の公式資料で確認できた事実だけです。団地ごとの開発年、学校の開校、商業施設の出店といった、市民の記憶に近い出来事はまだ入っていません。

「この年にこれがあった」という情報や、当時の写真をお持ちの方はお知らせください。出典を確認できたものから、この年表に加えていきます。富谷の記録を、みんなでつくれる形にしたいと考えています。

一次資料

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