富谷市はいま5万人を超える街です。しかし町になったとき、人口は5,091人でした。
名前の由来は「十宮」
市の説明によれば、古く町内の熊谷という地に10の神社があったことから「十宮(とみや)」と呼ばれていた時代がありました。
江戸時代には奥州街道の宿場町として、仙台藩領の南北をつなぐ役割を担って栄えます。いまの富谷宿の町並みは、この時代の名残です。
人口は、こう動いた
富谷の人口
確認できた4時点
| 時点 | 人口 | できごと |
|---|---|---|
| 1963年 | 5,091人 | 町制施行 |
| 2012年 | 50,000人 | 5万人到達 |
| 2020年 | 51,651人 | 国勢調査 |
| 2025年 | 51,709人 | 国勢調査(確報) |
年表
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奥州街道の宿場町として栄える
仙台藩領の南北をつなぐ位置にあり、宿場として機能していました。
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富谷村が誕生
富谷村ほか11か村を合併して、新しい富谷村ができました。
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町制施行「富谷町」 人口5,091人
いまの人口の約10分の1です。ここが出発点になります。
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団地開発が進む
東向陽台、鷹乃杜といった団地の開発が始まります。仙台のベッドタウンとしての富谷は、ここから形づくられました。
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人口5万人に到達
町制施行から約50年で、人口はおよそ10倍になりました。
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市制施行「富谷市」
町から市になりました。
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国勢調査で51,709人
5年前から58人の増加。増えているのは人よりも世帯です。
「増える街」だった50年と、その後の13年
数字を並べると、富谷の歴史はきれいに2つに分かれます。
- 1963年から2012年までの約50年 5,091人から50,000人へ。団地が次々にでき、人口はおよそ10倍になりました。
- 2012年から2025年までの13年 50,000人から51,709人へ。増加はおよそ1,700人にとどまります。
「富谷は人口が増える街」というイメージは、前半の50年でつくられたものです。いま起きているのは、その勢いが止まったあとの局面です。くわしくは富谷の人口、5年で増えたのは58人をご覧ください。
この年表に足していきたいこと
ここに載せたのは、市の公式資料で確認できた事実だけです。団地ごとの開発年、学校の開校、商業施設の出店といった、市民の記憶に近い出来事はまだ入っていません。
「この年にこれがあった」という情報や、当時の写真をお持ちの方はお知らせください。出典を確認できたものから、この年表に加えていきます。富谷の記録を、みんなでつくれる形にしたいと考えています。