富谷の歴史

縄文の遺跡が残る土地に、1620年、奥州街道の宿場「富谷宿」が生まれました。宿場から町へ、町から市へ。写真と数字で、今の富谷につながる出来事をたどります。

調べ学習にも使える写真・用語解説・出典つき
年代順に見る

3 SCENES

まず3つの場面でつかむ

細かな年号を覚える前に、「人が行き交う宿場」「人口が増えた町」「5万人を超えた市」という大きな変化を見てみよう。

富谷宿が始まる

仙台から北へ向かう奥州街道の途中で、人が休み、馬や荷物をつなぐ宿場になりました。

あけの平公民館と住宅地

住宅地が広がり人口が約10倍に

1963年の5091人から、2012年には5万人へ。新しい住宅地と地域の施設が増えていきました。

写真:あけの平公民館・公園(2008年)/cora_cola 茶々丸・CC BY-SA 3.0
道路に設置されていた「ここから富谷町」の境界標識

「富谷町」から「富谷市」へ

国勢調査で人口5万人を超え、宮城県内14番目の市になりました。写真の「富谷町」の標識も、町だった時代を伝える記録です。

写真:富谷町の境界標識(2008年)/cora_cola 茶々丸・CC BY-SA 3.0

1620年より前にも人は暮らしていた

市内には約60か所の遺跡があり、縄文時代後期のイノシシ形土製品も見つかっています。このページでは年代を確かめやすい富谷宿の始まりから並べていますが、富谷の歴史はさらに昔へ続きます。

富谷市民俗ギャラリーの展示解説を見る →

POPULATION

5091人の町が5万人の市になるまで

棒の長さは人口の大きさです。1963年から2012年までの約50年で、人口はほぼ10倍になりました。その後は、増え方が小さくなっています。

  • 1963年5,091人
  • 2012年50,000人
  • 2025年51,729人
2025年は国勢調査速報。数字は関連記事と一次資料で確認し、将来の数字とは分けて表示しています。

BIG PICTURE

5つの時代で全体をつかむ

富谷の約400年を、大きな変化で区切りました。まず流れをつかみ、その下で主な出来事を確かめられます。

  1. 宿場町の時代旅人と商いが行き交う富谷宿
  2. 人口が増えた町5091人から5万人へ
  3. 市になった富谷町から県内14番目の市へ
  4. 暮らしと市政の変化支援、交通、医療が動く
  5. これからの富谷公表済みの予定と人口計画

最初は大きな流れだけを表示しています。

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  1. 奥州街道の宿場「富谷宿」が始まる

    仙台から北へ向かう旅人や荷物をつなぐ宿場町として、富谷宿が宿立ちした。

    富谷市民俗ギャラリーの展示解説 →
  2. 富谷宿に25業種・75軒の店

    天保13年の記録では、宿屋、呉服屋、酒場、醤油屋などが街道沿いに並んでいた。

    富谷市民俗ギャラリーの展示解説 →
  3. 富谷町が誕生 人口5091人

    町制施行。ここから50年で人口は10倍になる。

    富谷が町になった年の人口は5091人 10倍になった50年
  4. 人口5万人に到達

    町制施行から約50年。この後13年で増えたのは約1700人にとどまる。

    富谷が町になった年の人口は5091人 10倍になった50年
  5. 富谷市が誕生

    県内14番目の市。人口5万人要件を満たした単独市制施行は宮城県で初めてだった。

    富谷が町になった年の人口は5091人 10倍になった50年
  6. 市議選が無投票に

    定数18に対し届出18人。市民は市議を一人も選んでいない。

    富谷市議18人は誰も投票で選ばれていない
  7. 複合図書館ユートミヤが開館

    市民図書館、とみのわパーク、成田市民センター機能が一つに。

    富谷市の複合図書館ユートミヤ 開館時間と予約の要否
  8. 東北医科薬科大学と病院開設の基本協定を締結

    明石台の約3万3350平方メートルを30年間無償で貸す。8診療科で2031年度の開設を目指す。

    富谷に140床の総合病院 2031年度開設へ
  9. 国勢調査速報 5年で増えたのは78人

    5万1651人→5万1729人。増加率0.15%。

    富谷の人口は5年で58人増 国勢調査確報が映した「増える街」の転換点
  10. いま 2026年10月 ここから下は、公表済みの予定・目標です
  11. 東北医科薬科大学・富谷メディカルセンター(仮称)開設予定

    140床・8診療科。市は用地を30年間無償で貸す方針。

    富谷に140床の総合病院 2031年度開設へ
  12. 市の計画5万8521人/社人研推計4万6867人

    差は1万1654人。市の計画値の24.9%にあたる。

    富谷の人口計画は出生率2.07が前提 実績は1.32

掲載したのは、関連記事またはリンク先の公的資料で確認できた出来事に限っています。年月のみの項目は、日付まで特定できなかったものです。予定は現時点の公表内容で、変わることがあります。

FOR CLASSROOM

授業で考えてみよう

答えを一つに決めるのではなく、写真、数字、地図、一次資料を組み合わせて、自分の考えをつくるための問いです。

  1. 01なぜ人口は約10倍になった?

    住宅地、道路、仙台との距離、家族の暮らし方から理由を探してみよう。

  2. 02町と市では、何が変わった?

    名前だけでなく、人口の条件や行政の仕事にどんな違いがあるか調べてみよう。

  3. 032050年の富谷に何を残したい?

    人口が変わっても守りたい場所や、新しく必要になるものを話し合ってみよう。

年表に出てくる言葉

宿場町しゅくばまち
街道を旅する人が泊まり、荷物や馬をつないだ町。
町制施行ちょうせいしこう
村などが、法律上の「町」になること。
市制施行しせいしこう
町などが、法律上の「市」になること。富谷では人口5万人超が大きな条件でした。
推計すいけい
今までのデータや仮定を使って、将来の数字を見積もること。確定した未来ではありません。
とみや検定で復習する

写真:ToshiJapon / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
富谷宿のしんまち通り界隈。1620年に開かれた宿場の町並みが残ります。
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